★★★★★ なぜ日本は原発をやめられないのか?
        青木美希 文春新書 2023

 原発については、以前自分の考えを書きました(別稿1別稿2別稿3)。そこでの意見は今も全然変わりません。地震大国の日本、ひとたび大事故があれば逃げるところがないこの国は、アメリカやロシアや中国とは全く違います。あるいは金をばらまいての汚い手法。その中で暗躍している政治家や受益者たちも許しがたい。20数年前、生前の高木仁三郎氏が強く訴え、深く憂えた状況は、フクシマを経験して、彼の思いが完全に杞憂でなかったことが証明されています。一例をあげれば、彼は1995年の論文で、「地震と津波に襲われた際の原子力災害」を考察していて、16年後を正しく予見していました。(氏はその5年後に62歳の若さで亡くなっています。)
  さて2023年に出版されたこの本は、ジャーナリストである青木氏によるもの。氏は計3つの新聞社に務めるかたわら、数多くの原発専門家や政治家に直接会って話を聞き、その集大成としてこの本が完成したとのことです。出版には数々の難関があったようですが、最終的に文藝春秋社が手がけました。同社は保守系傾向の強い会社と私は思ってきたので、この出版については大きな拍手を献じたい。(題名と出版社をみれば、原発賛成の本と勘違いする人もいるでしょう。)
 
 内容は日本の原発について多方面にわたって取材し考察されたものです。フクシマのこと、日本の原発の黎明期のこと(特に正力と湯川の確執について私は知りませんでした)、原子力ムラおよび政治にたずさわる人間たちのこと、核兵器の代わりとしての原発維持のこと、その他幅広く書かれています。
 以下には、私が読んで印象に残った事柄のいくつかを記しておきます。

#1 近年日本政府は何回も、フクシマ後の「規制基準」が、「世界で最も厳しい基準」、であると言っています。これは2014年、当時の原子力規制委員会会長の田中俊一氏の国会での発言を受けてのものだそうです。その具体的項目をここでは省略しますが、これについて科学者から批判や疑問が出ていて、元原子力学会会長の某は、「『世界で最も』なんて科学の世界ではありえない。各国の環境によってどこを厳しくするかという条件が違う。本当に田中君が言ったの? 科学者がそんな言葉を言うはずがないよ」、と笑っていたとのこと。田中氏の後任を務めた更田氏も次のように述べたとのこと。
 「原発利用国の中で、日本は突出して大きな地震に備えなければならない。厳しい自然条件に置かれているものに対して要求が厳しくなるのは当たり前ではないですか。『世界一厳しい』という言い方は、安全神話を作り出そうとしているのと同じなんですよ。とにかく原子力を進めたい人が、『だから事故は起きません』と言いたいための言葉だけれど、安心しきってしまうのはとても危険です。」

 #2 ネットなどでよく次のような言説を目にします。ドイツは原発を廃止したが、隣国の原発大国フランスから電力をどんどん買っているので、日本での廃止とは全然意味が違う-----。この件について、ドイツ人のミランダ・シュラーズさんに青木氏が尋ねたところ、うんざりした顔で次のごとく答えたそうです。(シュラーズさんは、脱原発の流れを作ったドイツ政府の倫理委員会委員を務め、現在はミュンヘン工科大学教授)
 -----ドイツの発電量は国内需要より多く、総じて電気を輸出しています。独仏の2国間でみると、ドイツがフランスから輸入する電力量よりドイツがフランスに輸出している電力量が多い状況が20年以上続いています。フランスからドイツへの物理的な電気の流れが多いので誤解されますが、それはフランスからドイツを通過して、ポーランドやチェコなどに行っている電力も合算されるためです。ドイツがフランスから電気を買っている方が多いというのは誤りです。-------

#3 原発は、核兵器をいつでも持つ能力があることを示しているうえで重要である、というのは歴代の日本政府の見解であるはずです。そして、核兵器はその抑止力によって世界の平和をどうにか維持している、というのは核保有国を中心に、さらには日本国民の過半数を含めた、世界で一定の支持がある考え方です。しかし私はそれが間違いと思っています。このまま続けばいつか核戦争がありうると予想するのは、まんざら私のような不安感が強い人間の杞憂とはいえないはずです。その根拠は簡単でなくここでは省略しますが、1975年、日本の誇る物理学者二人、湯川秀樹と朝永振一郎が連名で出した「湯川・朝永宣言」には次のように示されています。
 ---軍備管理の基礎には核抑止による安全保障は成り立ちうるという誤った考え方がある。したがって、もし真の核軍縮の達成を目指すのであれば、私たちは、何よりも第一に核抑止という考え方を捨て、私たちの発想を根本的に転換することが必要である。-----

唯一の被爆国である日本。それなのに、核抑止力を信じきっている多くの政治家、多くの国民。いったいどうなっているんだ!

#4 鉄腕アトムは原子力(核エネルギー)をもとに活動するロボットですから、手塚治虫も原発には共感を示していたと思っている方々も多いかと思います。たしかに当初はそうだったかもしれません。ところで1978年、電力会社が広報活動用の冊子を某漫画社に依頼し、アトムのキャラクターを利用した「鉄腕アトム よみがえるジャングルの歌声」を作成し、福島原発PR館など各地でばらまかれた。内容は、アトムが動物と力を合わせてアフリカのジャングルに原発を作り、やがてきた地震と津波にびくともしなかった、というもの。しかしかねてから疑問をもっていた才谷さんという人(仕事は編集者)が1988年に、あるパーティーの席で手塚氏と出会い尋ねてみたところ、会場の端のほうに手塚氏は才谷さんをいざない、次のように答えたという。「原子力関係は全部断っています」。才谷氏が例の冊子についてきいたところ、「描いた覚えないの。許可した覚えもない」、と関与を否定し、「僕も原発に反対です。はっきりそう書いてください」、「あらゆる核エネルギーに反対」、と答えた様子をこの本には書かれている。
 やはりそうだったか!

付記
 ★★☆☆☆    石原慎太郎著 「私」という男の生涯 2022

 令和2年の刊行された本ですが、令和5年12月に文庫本になった際に再び大々的に宣伝されていたので、ついつられて読みました。(末尾に原発についての私の意見を言うべくこのページに書いています。)
 この本は石原氏の友人の見城徹氏(幻冬舎社長)が、石原氏自身と妻が死んだ後に、「必ず出版してくれ」、と約束されての刊行だそうです。令和4年2月に石原氏は膵臓がんで亡くなり、約1か月後に妻の典子さんは急死しています(大動脈瘤破裂で)。
 石原氏はまあまあの作家であるし、人生も波乱に富んでいていつの間にか最後まで読みましたが------。
 「自分と妻が死んでから出版してくれ」、というのは、数十ページにわたり、氏の華麗な婚外恋愛の数々を惜しげもなく書きまくっていることが原因と私は推測します。だって他の理由が見あたらないから。自由奔放に楽しく生きた芳醇な自分の人生を彼は書き残しておこうと思ったのでしょうが、一夫一妻制の現代でそれは自慢になるでしょうか。そう、私には石原氏がヨットや政治を自慢しているように、自分の好色および、もてたことをも同等に自慢しているようにみえます。妻は亡くなっているにしても、生きている誰かは悲しく思うのではないでしょうか。小説ではない自伝なのですから。

 それはそうと、本の後半には氏が都知事の任に就いていた2011年の東日本大震災に触れて、原発に関しても意見を書いています。氏はもともと日本でも核兵器を持つべきであるという持論の方ですから、原発ももちろん推進するべきと言うだろうことは容易に推測できます。
 そこには私も別稿で書いていますが、吉本隆明の次のばかなコメントが引用されています。「原発反対を唱えて人間はまた猿に戻ろうというのか」。これを石原氏は、「正当皮肉な論で印象的だった」、と書いています。そのあとには生物と放射線に関する非科学的なことも書いていますが、吉本、石原のような論者に私は次のように言いたい。
 20世紀の後半は、行き過ぎた科学技術が一方にあり、他方にはそれらと調和しなければならない人間社会と環境の困難な問題が噴き出した時代だった。地震大国日本の事情を差し置いても、人間の心や社会の不安定さはおそらく何千年も進歩していない。そして地球環境の限界という問題があるのです。
 これらのことをふまえて、現代の課題は、科学技術が可能にするものは何でもやればいいというものではない。科学技術に対して、人間社会と環境がどのように調和していくのかを吟味しなければいけない時代なのです。この点において、核エネルギーの利用は、解決されていない課題があります。核廃棄物をどのように捨てるのか、絶対にないとはいえない原発事故、未来にありうる政治の混乱と核兵器の使用、人間は猿に戻るのかと吉本は書いたが、人間の権力欲や知性は半分猿でしょう。こんなレベルの生物が核エネルギーを健全に安全にずっと使えるか、私はそうは思わないです
 私の結論は周囲の人に時々言っている、次のことです。
 原発が安全なのなら、どうぞ東京の霞が関に作ればいい、大手町に作ればいい、そこには読売新聞社があるし、産経新聞社もある。そこに作ったなら私も君たちの意見をかなり信じよう。それができないでやはり片田舎に作るのなら、私は大きい声で次のように叫ぼう。田舎をバカにするな!と。
 大手町には原発に必要な水が近くにないって? 科学技術を妄信している君たちなら、そこに水をもってくるのは、いとも簡単なんだろう、と。












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