奥の正法寺


黄の紙に黒文字おどるPOPディスカウントは玉子と伊予柑

硫黄泉に似たる臭ひのゆで卵かすかなれども毒性あらむ

イースターの赤き卵を賜びし人と会はずなりたる年を指折る

函館の駅前市場のどんぶりのてんこ盛りした朱きはららご

   比内鶏の雛の注文とるチラシが忽ち食欲を刺激しはじむ

   くまんばちかみきり虫もかまきりも卵生さびしく翅脈ふるはす

   人偏をつけ落としたるパソコンの記す宛名を筆名とせむか

   霧の中へ紛れてしまふテールランプどれとはなしになんとなく不倫

   凌霄花庭に散りたりそれだけのそれだけながら終焉のかたち


       水沢・正法寺四首

経と偈
(げ)の違ひ知らざる俗人に番僧答へて鳴鐘偈といふ

老杉の秀も振るふがに偈をとなふ僧を鐘楼の下にて見上ぐ

鳴鐘の偈を聞く縁のありしかばおのがこころをしづやかに見よ

逃亡の長英探す手がかりぞ川辺の萱原つぎつぎと揺る


花合歓はまつ毛をつけてほの紅し孫は六つでまつ毛が笑ふ

無指向性のスピーカー持つオーディオは十方世界へ響
(な)らねばならぬ

弦の音に湿度の足りぬオーディオのアイネ・クライネ・ナハトムジーク

音楽の原点は無音だといふ ひぐらしの泣き止んだしじま

スーパー・ライト・ピース五ヶ買ひぬパレスチナ交渉またととのはず

カレンダーの処世訓にさとされしがもはや現世はわが富まざらむ

みづぐきの行方も知らぬ雑魚を待つ青鷺はたぶん貧乏だらう

時計の鳩正午を告げて顔を出すなんにもない日の時間の読点


画像自作:ダリア(夢桜)