日日の業
迷ひごと持たざるはなしあくがれて補陀落の海わたれる者は
人知れずさやけくあれな鉄線花かたへの白き芍薬よりも
桐の花盛る真昼のけだるさに廃屋の屋根錆び付きにけり
濃き淡きみどりの中に咲く朴の相聞のことば問ふすべもなし
汽笛鳴らし旅へいざなふすべもなし裡(うち)にほむらの絶えたるSL
天台寺二首
蜩と油蝉鳴く時間差に地蔵のころもの緋色目に沁む
寂聴尼留守の山門出でにけり桂清水の法師蝉かな
歌一首反故にせんと無花果の稚き実一つ手のひらに載す
ひぐらしの夕茜に沁むピアニシモ欅大樹は無言なるかな
死球一つ投げて敗るる少年に別の時間が来るかもしれぬ
鳩の群れ死角の空へ翔び去りて人を羨しむ心消えたり
裂かれたるうなぎの肝を抉るとき刃の色一燦の夏のたそがれ
夏すでに去りて黝ずむひまはりの頚(うな)伏す貌がにんげんにもある
ドコドコドン太鼓鳴りたり腹に響く銀の尾花の祖(おや)呼び戻す
生も死も明(あ)きらむべしと経は説く此岸の無明にのめりつつ生く
梵鐘の音たゆたひて五時を告ぐ大愚良寛の手毬唄止まむ
鐘の音(ね)に紆余あればこそたゆたふを聞きて曝すも日日の業(ごう)
画像自作:ダリア(浮気心)