銀煙管

疾駆する快速電車が夜を行く全車灯すは自己顕示のため

曇天にアドバルーン止まる繋がれし紐の範囲の自己規制のため

道角を曲がれば必ず尿意きざす犬にも似たる自己宣伝のため

気立て良き鴉と意地悪白鳥はいさかふべし自己主張のため

摘み残る食用菊は咲き続くしどろもどろに自己保全のため



チェロの弦ひくく振るひぬ山茶花の語らざる言
(げん)夕まぐれまで

朝霧のなかにカゥカゥと鳴く白鳥足早に秋は去り逝くらしも

一将の陰に枯れたる万骨か城跡の堀に冬ざれの蓮

一糸だにつけぬマネキン人形横たはる空洞の身体の冬

十文字とふ町の由来の十字路に猩々像座しぬわれも酒好き



北の血を享けたる我らを蔑みて熊襲と言ひし人 さかしらに

稲架に止まる嘴太鴉この寒き風に吹かるる山頭火めきて

虫っこや綿っこに見えて雪が降る小止みもなく降る綿っこ虫っこ

雪のうへの松毬一つ拾ひ来ぬ万に一つのこと起こりし年の

チェーンをつけて車のギアをローに入れぬ十二月三十日父の命日

銀煙管の雁首とほして来る風は二十三回忌の父の匂ひす

銀煙管の吸い口に金を鏤めてときどき父は光りをりしか


画像自作:ダリア(花笠乙女)