マシュマロ

蕗のたう土あげて萌ゆおしなべて芽ぐみの味はほろにがかりき

墓の雪片寄せて香と供花
(くげ)手向くぶっきらぼうの般若心経

《グローリア》をバスパートにて歌へどもわが声しだいに声明
(しょうみょう)に似る

梅ひらく桃もひらきぬ桜ゑむ林檎もゑまばわがほほゑまむ

コーヒーが沸いてかげぐち聞かされぬ時間の薄紙ただめくりおり



   頭首工より流れて瀬となる川の面
(も)を鷺目守りおりわれ目守りおり

   瀬をへだて対ひ佇ちたり川岸に鷺一羽なりわれ一人なり

   岸に立つ桜の幹に洞
(うろ)あれば妻の術後の胸部おもへり

   癌きざす左乳房を奪はれし妻と聞きたり「翼を下さい」

   夢の中でマシュマロのやうに頬張りぬ妻が失ひし左乳房を

   耐えきれず覚めたる夢は修羅の所作乳房は子らをはぐくみたるに



利き猪口の藍の蛇の目をまづ見詰め目をつむりつつふふむ酒かな

ひとひらの花弁浮かべよと教はりぬ手向けの酒のならはしとして

「剣菱」を三升飲みにき小石川伝通院前弟の社宅

山田錦、美山錦、亀の尾と酒米
(さかまい)の名は四股名とまがふ

迷彩のシャツ着て山野に紛れたし朴の花見む藤の花見む

「電照菊」とふ商品名の花ありて忌中の家へ売られゆきたり

かの家の桐の花咲く頃の亡母
(はは)病院のベッドに西瓜欲りゐつ

一面に咲く芝桜の花筵つましき暮らしに慣れて久しき


画像自作:ダリア(モーニングデュー)