閉  店


大正九年祖父が開きしわが店を閉づる日は来ぬ一月三十一日

七十七年うからはらから暮らしたる店のシャッターからから落とす

あのビールあの吟醸酒あのワイン思へば楽しき稼業なりけり

酒類販売業免許証の額はずす05408−185号

片付けて商品のなき店に佇ち二度と灯さぬ看板を消す

スーパーで働く人の顔浮かぶ ああ明日から売る仕事なし





職業欄に無職と記して署名する手持ち無沙汰のひと日終りぬ

諂ひて酒売り了へたることありき赤き石榴の実の裂けし日に

職無きはうらぶれし身と思ひつつ朝餉の納豆塩にてたうぶる

三万平方米
(へいべ)の大店舗建つと慄くを夫婦で堪へよと言ふを慎む

また一つ商店街の店閉まる濃き鈍色の大寒の虚空
(そら)

果つるまで抱き続けむ失意おもふ遠き世のこと推し量りつつ

0.05の交渉したる日もありき銀行マンは土佐犬に似て

過ぎし日のことにも触れて猪口を持つわが手に無策の指並ぶのみ

傷みもつみかん一顆手の上に冬のいなづま鬱気をすすぐ


画像自作:ダリア(岩清水)