漫然と服用しない方がよい薬

睡眠薬

 睡眠薬を投与されている人が、精神科以外の科でも時々います。どうしても必要だから出されるのでしょうが、その人たちが全員必要なのか、時々疑問に思うことがあります。(自分も過去には、患者さんが、「眠れないから薬を下さい」、と言えば、ろくに詳しい話も聞かないで、自動販売機のように、睡眠薬を気軽に出していた未熟な時期がありました。)
 睡眠薬服用者の中には、何かの理由で入院した時に睡眠薬を出され、それを退院後も漫然とのんでいるようにみえる人もいます。私からすればそれは変です。入院生活というのは特殊な状況ですから、不眠になるのがやむをえない面があり、医師は気軽に睡眠薬を出すでしょう。しかし、自宅に戻って落ち着いてからも続ける必要はない。

 単に「眠れないから」、という理由で、睡眠薬を常用し続けるのは、私は異常なことだと思います。精神病や特別に不幸な状況にあるような人を別にして、一般的に「睡眠」というのは、「自然の現象」であって、脳が眠りを必要とすれば、誰でも眠ってしまいます。「眠れない」というのは、「脳が眠りを必要としていない」、からでしょう。
 「いやいや、眠れないっていうのは本当につらいもんだよ」、そういう人が多くいるのも私は知っています。でもそういう人たちの大部分は「考え違い」をしているはず、と私は推測しています。
 「毎日決まった時間に、自分の思い通りに眠る」、そういうのはもともと無理な人が多いのです。現代生活は筋肉をあまり使わないから、熟睡できなくても不思議ではありません。高齢者では睡眠が5時間とか6時間でよい人もいるでしょう。それを勘違いして7時間も8時間も眠れなければ、不十分だとみなしてしまう。そういう考えは間違いと思います。

 今の世の中、安易に便利なことだけ求めて、結局、長期的には、もっと大きい存在----それは「自然」かもしれないし、人間の日常概念では相当する言葉のないもの、「神様」みたいなもの-----そういうものによって、しっぺ返しが来る、そんな気がするのです。それはたとえば、一見便利だが、実はかけがえのない大自然を破壊する「ダムの建設」、これと「睡眠薬」とはよく似ていると、私は考えています。(もちろん、どうしても睡眠薬が必要な人、必要な状況というのはあるでしょうから、そういう場合はのむべきでしょう。私の言いたいのは「漫然と常用すること」、これについての批判です。

 私は医師で睡眠薬が身近にありますが、自分は一度も睡眠薬を服用したことはありません。主な理由は、もし服用して間もなくに、急に具合の悪くなった患者さんがいれば、電話で適切な指示をするとか、眠い目をこすりながら患者さんを診察しなければならない、そういうとき、睡眠薬を飲んでまもない自分が適切な判断力を持っているか、自信がないからです。
 2,3年前だったか、たしか福岡県で医師(開業医?)に睡眠薬のアンケートをとったら、3分の一ぐらいの医師が、自分で常用してるか、時々服用しているという結果だった、という調査を読んだ記憶があります。私は信じられなかった。各々の先生方に、それぞれの理由や事情があるのでしょうが、「乱用気味」ではないかと思ったものでした。
 睡眠薬は、特に年配の方では副作用が心配です。夜中に起きたとき、フラフラして、転んでけがした人がいました。あるいは「一錠ではどうしても眠れない」、とのことで、夜中に2錠目を飲み、朝の9時になっても、眠ったままなので、家族は脳卒中にでもなったのではないかと誤解し、救急車で運ばれてきた症例もありました。
 私は心配性で、次のようなことも気になります。一生に一度もないでしょうが、睡眠薬をのんで、間もない時に、火事とか大地震がおきた場合、その人は冷静に正しい判断と行動ができるでしょうか。(映画、「ローマの休日」で、それに似た、O.ヘップバーンが、もうろうとしているシーンがあったような記憶があります。)
 そういう特殊な状況を除いても、睡眠薬は安易に使われている気がします。(これは特に、日本に特有の現象なのか、私には不明。たぶんアメリカはもっと使われているだろう。日本以上に、心の問題を薬で解決しがちな国民性だから。西ヨーロッパはどうなんだろう。ずっと少ない気がする。)


睡眠薬を飲む前に

 私は睡眠薬を要求された場合、その人の「睡眠衛生」の状況についてできるだけ詳しく聞いてから、処方するかどうか決めます。

 (1) まずは、いつ就寝して、いつ起床するのか。これが適切でないと、睡眠薬も何もあったものではありません。老人では「就寝は夜8時、起床は朝7時、昼寝は30分。」などと平気で言う患者がいます。夜に布団の中に11時間も入っていたのでは、どれぐらい眠ったか本人だってわからないはずです(実は、6時間は眠っている場合もよくあるはず)。そんな人に睡眠薬を出すつもりはありません。薬でなく、「説明」が大切です。

 (2) 何か心理的に、特殊な状況にないかどうか。特別なストレスや不幸に見舞われている人は、不眠になるでしょう。そういう人には私も薬を出すでしょうが、薬よりももっと大切なことがあると思います。
 ストレスの強い人であれば、生活や仕事のリズムについて、軌道修正できないか外来で話し合ってみます。介護でヘトヘトになっている中年女性には、夫にもっと協力してもらうことができないか、話し合いを勧めます。あるいは不幸にあわれた方に対しては、私でできる範囲内で、助言や雑談をします。そういう方は「自分のせいで、そうなってしまったのだ」、と本当はそうではないのに自分を責め続けている場合もあり、考え方の軌道修正で、心が楽になることも珍しくないからです。
 医師が患者の身辺のことを何も聞かないで、睡眠薬を自動販売機のように処方するのは、全く片手落ちと私は思っています。なおこのことは、日本の医療現場、特に大病院の外来が、異常に忙しすぎるという事情もあり、私は医師ばかりの責任ではないとは思っています。

(3)睡眠薬を出す前に、うつ病が隠れていないかどうかを医師は判断するべきである
 うつ病、とくに「軽めのうつ病」は、日常診療の場で珍しくはありません。その頻度の高さと、病気の重要性から考えて、「不眠」を訴える患者では、医師は必ずうつ病の可能性を考えるべきでしょう。もしうつ病であれば、睡眠薬はともかく、適切な指導と「抗うつ薬」の処方が大切だからです。睡眠薬だけでは、うつ病はよくなりません。(このこと---軽めのうつ病を主治医が見逃しがちなこと---は、日本の医療での大きな問題点の一つと私は考えています。) なお「軽めのうつ病」といっても、「体調不調が軽め」ということではありませんので要注意
 うつ病の有無を知るために、医師は睡眠の状況のほか、食欲の状態、気分の状態(やる気がない、など)、その他のを質問するでしょう。こういう質問を省略して、安易に睡眠薬を出す医師は、うつ病を見逃す可能性が高いでしょう。

(4) 毎晩ぐっすり7時間ぐらい眠るのが正常、というのは考え違いでしょう
 私からすれば、毎晩ぐっすり眠らないから自分は不眠症ととらえている人が多いが(特に高齢者で)、それは考え方の間違いです。若い時、あるいは十分な肉体労働や運動をした日の夜なら、誰だってぐっすり眠れるでしょう。でも、筋肉もたいして使わない生活を送っている人が、毎晩ぐっすり眠るのが普通と思うなら、それは違うのではないでしょうか。
 また、年をとれば睡眠はさほど長くは必要としないのが人間の脳なのではないか。それを、若い時と同じように、6時間も7時間も熟睡しようと思うことが間違いだと思います。そんな勘違いをしていて、睡眠薬を常用しているのでは、何をかいわんやです。
 どうしてもよく眠りたいのなら、日中、いっぱい運動して筋肉の適度な疲労を心がけるべきでしょう。

(5) 以上のようなことをチェックした上で、どうしても必要なら、私も睡眠薬を出すことはあります。
 医学的には、「本当の不眠症」、というのがあるそうです(たぶん、脳のどっかの病気)。そういう人にまで、「現代の利器」を使わないのなら、それは罪でしょうからね。
 でも何度も言うようですが、「乱用」気味の医師もいるような気がします。医者が読むような医学雑誌に中には製薬会社による睡眠薬の広告がときおりみかけます。そこに出てくるのは、おそらくは著名な精神科教授でしょうが、以上のような注意点は形式的に少しだけ言及しているだけで、「不眠は苦しいものだから、使うべきところではしっかりつかうべきである」、とか、「不眠を放っておけば、高血圧や糖尿病が悪化する」、だとかの説明が載っていて、「自動販売機のように睡眠薬を出す日本の医者の悪い状況」を助長しているように、私にはみえます。
 その先生は精神科ですから、われわれの患者層とは違う、もっと悪い精神状態の人や、病気が重い人を毎日見ているでしょう。それを自覚せずにして、精神科以外の医者一般も、「睡眠薬を積極的に使うべきである」、みたいに、ノーテンキに広告塔になっているのでは、かなり問題ではないかと私は思っています。

 睡眠薬は、本当に必要かどうか主治医に吟味してもらってから、服用するかどうかを決めてもらってください。

                湯沢内科循環器科クリニック