当院内科診療所におけるうつ病の検討

抄録

精神科以外の内科診療所においても、うつ病患者の適切な診断と治療は、大切な日常的テーマと考えられ、当院での現況を簡単に検討してみた

。抗うつ剤を投与中の患者は、全外来通院中の、6.5%(62人)だった。抗うつ剤投与開始時の年齢は、70歳代、60歳代、80歳代の順に多かった。85%は、何らかの内科疾患を有していた。うつ病を発見するきっかけとなった症状は、不眠、だるさ、めまい感、頭痛、食欲不振の順。当院への通院2ヶ月以内に、うつ病と診断した23人中、19人はその前に別の病医院に通院していて、うつ病の治療を受けていなかった。 

はじめに

うつ病は精神医学に属する疾患とはいえ,患者がはじめに受診する科で最も多いのは内科でありプライマリケアの外来であるそして、全ての科の医師にとってもおおいに関連のある疾患である.

一方,本県は自殺率の全国一という汚名が続いているが,自殺した人のわずか1割のみが生前に精神科に通っていただけで,残りの内のかなりが、内科もしくはプライマリケア医に通っていたと推測されるとのことである

このようにうつ病は内科医にとっても重要な疾患であるにもかかわらず,内科におけるうつ病の実態は,内科医自身が専門外の精神科疾患を論ずることになるため,発表の機会が少なかった.

今回私は,当院におけるうつ病診療の現況を検討してみた.(なお.私は循環器内科を中心とする診療所医師で,精神科のトレーニングは特別受けていない.

対象と方法

平成17年の4月と5月の時点で,当院に3か月以上通院を続けている患者の中で,抗うつ剤を投与している患者を「うつ病もしくはうつ状態」として,その背景因子や特徴などについて、簡単に検討した。なお,うつ病の診断は基本的に,DSM-Wに準拠して行っているが患者の中には「大うつ病」の軽症例と,大うつ病の基準を満たさない「小うつ病」,そして「気分変調症」の3つが含まれていると思う(精神科医から批判されるかもしれないが,本稿ではこれらをまとめて,ひとまず「うつ病」と呼ぶことにする.日常的には私は,「うつ状態」としてレセプト請求をしている).

結果

当院に長期に通院中の患者950人中,抗うつ剤を投与していた患者は62人,.5%であった.このうち,女が40人で65%,男が22人,35%であった.

抗うつ剤を投与し始めた年齢をみると,男女とも70歳代が最も多く,次が60歳代だった.80歳代も8人いた

うつ病と診断するきっかけになった症状をみると,「不眠」が24人と最多で,次に「だるい」,「めまい感」, 「頭痛」,「食欲不振」が続いた

合併する内科疾患をみると,一般の循環器外来と何も変わることがなく,高血圧,狭心症,心不全,脳梗塞の順であった.ただし,内科疾患のない患者も8人含まれていて,これらは初診で「だるさ」や「食欲不振」を主訴としてきた患者である.

次に,当院にきた当初からうつ病があったのか.あるいは通院途中でうつ病の診断がなされたのかをみると,通院開始の2か月以内にうつ病と診断した例が23人で37%,それ以後の長期通院中での診断が36人,58%であった

通院当初で診断した23人中,19人は当院受診の前に,別の病医院に通院していた

抗うつ剤投与後の経過は,1か月以内に明らかに改善したのが35人で56%,まあまあ改善したのが27%で,両者を合わせると82%が改善した

考察

 諸外国の調査では,プライマリケアを受診する患者の5〜20%がうつ病であるにもかかわらず,その50〜70%はうつ病と診断されてないという.また日本での調査でも,プライマリケア医受診患者の6%がうつ病で,しかもその6分の1しかうつ病と診断されてないとのことである.なお当院の今回の検討では,抗うつ剤投与患者が,全外来患者中6%で,ほぼ上記の一般的な数字に一致した結果であった.

 一般住民におけるうつ病の頻度は,期間有病率(6ヶ月もしくは12ヶ月)で4〜10%とされ,この数字は高血圧や糖尿病よりは少ないが,気管支喘息よりは多いことになる。しかもうつ病患者が最初に受診する科の筆頭が,精神科でなく内科である

さらにWHOによれば世界全体でみても、「生存や仕事を奪う重大な病気(DALYs)」の中で,うつ病は第4番目に挙げられていて,しかも2020年までには、第2番目に上げられる計画がある,とされている6).

うつ病はそれくらい数が多く,かつ大切な病気である.しかし,とくに日本では精神科医以外の身体科医が,うつ病などの「しばしば遭遇する精神疾患」について,どれぐらい正しく診断しているかといえば,イギリスやアメリカでの診断率に比べると,極端に低いという結果が出ている7).

この理由は,日本の医学教育が従来から専門性にかたよりすぎて,実際の医療で非常に重要であるところのプライマリケア医学,あるいは全人的な医療への知識と心構えについて,医学生や若い医師に対する浸透を怠ってきたことが,主な原因と私は推測している.なおたとえば,日本の代表的な内科学の教科書にはメンタル・ヘルスに関する記載は今も皆無と思うが,世界的に代表的な内科学の教科書であるHARRISON’S PRINCIPLES OF INTERNAL MEDICINEには従来から簡単ながら,精神疾患に関する記述が含まれており,最新の第16版にも,精神障害と慢性薬物依存を合わせて30頁が割かれている.他のCECIL TEXTBOOK of MEDICINE,Concise Oxford Textbook of Medicineなど一般的な英米の内科学教科書にはいずれにも,1020頁ほどの精神科領域疾患の記載がある.内科医にとっても,最低限の精神障害の知識は必須だからであろう.

今回の検討でも,当院に通院を開始してまもなくうつ病と診断した23人中,大部分の19人はそれまで別の主治医に通っていた方々で,その多くがうつ病を見逃されていた可能性が強い.もちろん,長期に内科疾患で通院中の患者は医療側もマンネリ化に陥りがちで,私自身もおそらく見逃していることはあるはずであるが,上に書いたようなうつ病の頻度の高さと,精神科以外の科にうつ病患者の多くがまず受診する事実を,医療界全体でよく理解しておく必要があるだろう.

 内科医やプライマリケア医がうつ病を見逃さないためには,どのように注意する必要があるかは,いろんな専門家が述べているし,私も別のところで述べているので本稿では省略するが,内科外来では不眠を除けば,倦怠感や食欲不振,頭痛,めまい感など,身体症状が糸口になるのであって,当院例の検討でも同様であった.

 なお、うつ病といえば一般的に,青年期や中年期に初発する精神障害と受けとめられているかもしれないが,当院検討例では,70歳代など高齢者に特に多いのが特徴的だった.その理由としては,私の診ているのは軽症のうつ病なので,それまで他医でうつ病と診断される機会がなかった可能性のほかに,そもそも老年期に発症するうつ病も少なくないのではないかと推測される.本人や配偶者の病気など,うつの誘引になる事柄が少なくないからである.なお,老年期のうつ病では,当初,認知症と専門家でも区別できない状況の場合が稀でないという.本検討例でもみるとおり,うつ病は薬剤などで治療が奏効する疾患であり,ボケ症状の患者に対しては,短絡的にアルツハイマー病などの病名を安易につけることは厳に慎まなければならない.専門家であっても,数ヶ月単位の「経過」によってはじめて,両者の区別が可能である場合もあるからである.

 内科医が診療できるうつ病はどの辺までで,どこから精神科医に紹介するかについては,一部に微妙な問題もあるが,大体のコンセンサスはあろう.詳しくは他の文献にゆずりたい.大切なのは,内科医が治療するうつ病は,あくまで軽症のタイプであることである.中等症以上はすぐに専門医に紹介するべきだし,自殺念慮のある患者ももちろん紹介しなければならない.ただし、「軽症うつ病」とはいっても、本人にとっては,「けっして軽い体調不調ではない」ことに留意したい.

 「軽症うつ病」という意味を私は,「大うつ病」の中の精神症状があまり強くないタイプと,「大うつ病」の基準は満たさない「小うつ病」という意味で使いたいと思う(および気分変調症の一部も).

「小うつ病」はあまり聞かない名前だし,精神科医が言及することも少ない疾患名であるが,プライマリケアでは,重要な概念と私は考えている.その理由は、「小うつ病」の中の1018%が後に「大うつ病」に移行すること,および「小うつ病」とはいえその中の20%が,中等度ないし重度の社会的困難性をもつとされるからである.私の経験でも,「小うつ病」の患者に抗うつ薬を投与することは,患者のQOLの改善にかなりの意味があると感じることがしばしばだった.

現時点で最も優れた精神科医学の教科書のひとつといってもいい「Kaplan&Sadock’s Comprehensive Textbook of Psychiatry 8 th ed.」(全4100頁)には,「小うつ病」についてはたった18行の記載しかないが,それでも文中には、「プライマリケアの場でみかけられる病態であり、大うつ病の基準を満たさないこの疾患も、治療しなさい」と書かれている.

最後に自殺予防について,簡単に述べておきたい.自殺者の中でうつ病だったと考えられるものは,一般的には約半数ないしは70%を占めるといわれる.その中で精神科通院歴のある割合はけっして多くなくて,内科など身体科への通院歴のあるものがかなりいるとされる.こうしたことから,プライマリケア医がうつ病を正しく診断し治療するようになることは,自殺の予防において非常に大きい意味をもっていると考えられ,スウェーデンのある報告では,それが「自殺死亡率を抑止するための最も重要なストラテジー」であると主張されているという

 ただし,そのようなプライマリケア医へのうつ病教育は,たびたび繰り返して行われなければ,成果が上がらないという指摘もある.結局は,効果があるのはほぼ間違いないところであろうが,どの程度に意味があるかについては、今後の課題であろう.

 私自身,うつ病には人並み以上の理解をしていたつもりであったが,今回の検討で述べたように自分が診ていた内科患者で,17年間に3人が自殺した.この数字が多いのか少ないのかはわからない。しかし主治医として自殺の予兆を見逃していた可能性も捨てきれないことのほかに,自殺予防の方法論は医療側だけの努力ではそう簡単にはいかないとも感じた.

 自殺予防への取り組みとしては現在,地域のボランティアによる「いのちの電話」や,医師会や行政による住民への啓発活動などにより,すこしづつ成果が実ってきている気がする.一方、メディアによる無節操な自殺報道は,連鎖自殺を引き起こしたり,自殺の手段(練炭やインターネット関連など)の公開によって社会に悪影響を及ぼすことが識者から指摘されており,何らかの規制が自殺率低下に役立ったという記載もある

 自殺は個人の病理でもあるが,不況倒産の世情では数が増えるように,社会の病理でもある.また、自殺は個人の悲劇であるばかりか,残された家族の悲劇でもあって,その傷は一生癒えることがない.

 自殺率最多の汚名を早く返上しなければならない本県では,あらゆる手段を通じて,自殺予防のプロジェクトを推進しく必要があるだろう.内科医,プライマリケア医の全てが,うつ病への正しい理解をもつようになり,いくらかでも自殺率の減少に貢献できるようになれることを期待したい.

本稿の要旨は2005年第72回秋田県医学会総会で発表した.

内科におけるうつ病を私なりに検討したもの(平成18年に秋田県医師会雑誌に掲載)