今年(2014)に読んだ本
        (医学・医療以外で)

仕事をした後、晩酌や囲碁などをやるもんで、近年はあまり多くの本は読まなくなりましたが、印象に残ったものをいくつかあげます。ただし昔の本はここには書きません。(私の読書は、今年もしくは近年発刊されたのものが半分、古典的なものや以前出た本が半分です。)

なお、今年読んだのは多くが「反安倍」に関する本だった。彼もしくは彼らの政治手法、その政治目的、その歴史観(歴史修正主義----この日本語はよくない。正しく直しているのではなく、逆だから。これは、「憲法改正」という言葉も同じ、誤解されやすい語法です-----)、それらすべてに強い反発を感ずるからです。

 ここ秋田県湯沢市で反安倍を言うのはかなりの少数派でしょう。というのも、安倍の右腕の菅官房長官は、我が母校湯沢高校の3つ上の先輩にあたる人だからです。
 TVで見る限り、菅氏の人間性については好感をもつが---偉ぶらない感じ、名前には偉がついてますが-----残念ながら、安倍の仲間は私にとっては敵であることに違いはありません。
 少数派らしいことでのわが寂寥感、、しかし自分らの方が正しいはずという信念、その中で「反安倍」を主張する著者たちに、私は強い共感を覚えたのです。

 末尾には、私なりの、「反安倍」についての理由を付記しておきます。

私が「反安倍」であることの理由

1. 70年前にひどい敗戦で終わった。彼らはその15年戦争について、正しい認識をしていない。遅れてきた帝国主義国、「大日本帝国」。イギリス始め西欧諸国も過去に植民地を世界中に作り、好き勝手なことをしたのは事実だろうが、第一次世界大戦後は、戦争についての考え方がずいぶんと変化していた。(極力、戦争を発生させないための努力がなされるようになり---パリ不戦条約のように---、また、植民地支配についても根本的な政策変更の兆しが、旧帝国主義国の間でみられつつあり、他国への侵略についても、「必要悪」ではなく、「悪」とみなす傾向になってきていた。)
 それはヨーロッパ大陸での残酷な戦乱を、多くの人々が心底悔んだためであり、また、科学の進歩で、武器がそれまでとは次元を超えた変貌を遂げ、戦争についての認識を根本的に変える必要に迫られたからである。19世紀前半の人間、クラウゼウイッツの「戦争論」では、「戦争は政治の延長である」、と主張されているそうだが、20世紀以降の戦争については、けっしてそうとも言えなくなったのだ。
(ヒットラーを図に乗せることになった、1938のチェンバレンによる「宥和政策」も、背景にそうした時代背景があったからだろう。)

 世界のその動向を日本国の上層部は知っていたはずだが(いや知らなかったかもしれない)、ナチスとともに間違った方向に進み、途中においても、軌道修正をすることがなかった。
 「アジアの解放」という名目は、ないわけではなかったが、それが中国への侵略の第一目的とはとうていいえない。
 しかし、安倍ら右翼は、その戦争が「アジアの解放」と言い続けたり、信じ込んだりしている。
 まさに「歴史修正主義者」---revisionists---いや、紛らわしいから私は別の言葉を使う、「歴史改竄者たち」である。
 だからこそ、戦争責任も問うことはないし、反省することもありえない。戦争したことについては、欧米と対等であり何ら問題はない、ただ残念ながら、負けただけだ、と思っているはずである。
 そんな考えは、現代世界のどこに行っても通じるわけがない。本当に国を愛するのなら、特にそれが国の指導者層であるなら、正しい歴史認識が不可欠であり、本当の反省がなければ本当の発展はない。
 バカなナショナリズムがはびこる近年の風潮も、安倍が権力を持ったことが大いに関係があろう(ただし、それを選んだのは「国民の多数派」ではある)。

2. 軍備を増強することが「一流国家」なのか

戦争をしなければいけない国、強い軍備をもたなければならない国、そういう国は現代世界においても、多分あるだろう。
(たとえばイスラエル、、たとえば米国-----、ただし彼らの全てを肯定しているわけでは、もちろんありません。)
 しかし、日本はどうか。米国の傘の下にあるのはいきさつ上やむをえない。しかし、米国と一緒になって、遠い外国で戦争に参加しようとしている、それは違うだろう。

 中国との領土問題?---領土問題は簡単に解決はつかない。それをだしにして、危機感をあおり軍備増強、9条を変えようとしているのが、安倍たちである。
 なお、2014(平成26年)の年末に、英国の外交文書の秘密解除により、日本国が外交の場で、「尖閣問題は棚上げしている」ことを、言明していることが明らかになった。鈴木善幸首相とサッチャー首相の会談の中で言明されていることである。この事実については今までにも、内外の識者から指摘されといるとおりである。しかし日本の外務省は、この「棚上げ」はないとしていて、「領土問題は存在しない」、との主張を続けている。
 この件については、日中国交正常化交渉の時点で、田中首相と周恩来首相との会談においても、「棚上げ」とされたことが複数の人間による証言が存在しているはずである。
 一国の首相の立場の人間が、何回も言ったことを、後年同じ国の外務省が否定している。これでは、日本は世界から信頼される国にはならないのではないか。
 尖閣問題については、ポピュリスト政治屋・石原慎太郎都知事の、「東京都による尖閣購買」の意図が問題だったし、時代のナショナリズムの波に乗って、悪乗りした多くのマスメディアもひどく、さらに慌てふためいて「尖閣国有化」を遂行した、野田首相も輪をかけてひどいことをしたものである。
 歴史を無視した好戦的な政策は、その時代の底の浅いナショナリストたちを満足させるだけであり、国民の大多数にとっては、大きな負の遺産を残すだけである。少なくとも「近代・現代」においては、それは方程式(定理)と私は考えている。

3. 新しい時代を迎え、国の姿を変えないといけないのに、十年一日の古びた政策をつづけている。

 原発再稼働にまい進している彼ら----その理由は、「核を持つ」という意味と、「電力会社とのしがらみ」の二つと思われるが、国民の多くとかけ離れているし、自然エネルギーや発送電分離など、変わるべき方向に全く変わっていかない。日本らしい新鮮な政策、国民が希望を持てる政策を、彼らはしない。
 「地方創生」も、十年一日のごとき「公共事業」のみである。必要とも思えないダム、国債積もり積もって1000兆円も見て見ぬふりの、なりふり構わぬ金のバラマキ、将来困るのは彼らではない、「一般の国民」、「弱者、病人、若者」であろう。戦争、敗戦の構図とそっくりではないか。
 新しい経済政策、産業政策がないのは停滞ではない、退化である。

4. NHKの会長や経営委員の選任(公的な役職の人選について、自分と思想が同じ奴らをごっそり入れている、しかしその人たちの考えは、日本の良識の中心ではないし、彼ら彼女らの思想は世界に向けたら恥ずかしいシロモノである。)
 NHKはニュースも含め本当に見ることが少なくなった。つまらないニュースばかりを放映して、大切な問題は目隠ししているように私には思える(朝のNHKをごらん)。政治問題の解説も実に少ない。聴視料金は払いたくない。だって見てないのだから。
 さらに、読売新聞会長との親密な関係、朝日新聞への非難合戦と、当の朝日新聞の日和見化、などなど、普通の国民が触れるマスコミの退廃、報道倫理の退化は著しい。マスコミ自体の退廃と、安倍政権のなせる結果である。報道に絶対的に必要な「批判精神」や「問題点への掘り込みとわかりやすい解説」、これらは全く期待できなくなった。
 まさに辺見庸氏が書くとおりである。

5 ナショナリズムの負の部分についての理解がまるでないこと。また、人間の本能の「好戦的」な側面についての認識や想像力が,彼らにはまるで欠けているように、私には思える。
そんな彼らは、とても危ない政治を遂行することになる。
 死ぬのは彼らではない、自衛隊員が、普通の国民が死ぬことになるのだ
 上の項目と重複するかもしれないが、あえて私はこのことを主張したい。
 なるほど、自国、自民族が存亡の危機にあるとき、人々は武力を含むすべての手段をもって、それに立ち向かうだろう。
 ところで日本民族の存亡が危機的になったのは、自ら仕掛け、しかも無謀だった先の戦争においてであり(太平洋戦争は、日中戦争があったからこそ起こった、)、また、将来ないとはいえない、原発の大事故においてである。
 それらに比べれば、現代文明の中では他国との戦争による、民族存亡の危機の可能性は、ずっとずっと少ないと、私は考える。現代の戦争の意味は、古代や、中世とはまるで異なるのに、彼らはその違いを分かっていないのではないか。(違いの原因は、武器の変化、情報手段の進歩などである。人間個人の性質や、集団としての性質が変わったわけではない。))
現代日本を支配しているのは、今もって武士=軍人の末裔(明治維新で活躍した人間群の、直接的な血、もしくは地縁・人間関係に関する末裔たち)であろう。政治、財界、官僚のにおける、エトスに私は強く、その匂いを感ずる。そして彼らは、頭は悪くないくせに、以上のことを認識しようという気がないように、私には思える。
 
「好戦的」という人間の本能。→別紙

6 反知性的な政権
 もともとたいした知性がないのか、あるいは本音を隠しているから「反知性的」にみえるのかわからないが、少なからずの識者が安倍らをそのように評価しているように、私にもそうみえる。
 たとえば----
現政権の発する言葉は、G.オーウェルの近未来恐怖小説「1984」-----全体主義国家の超管理社会の中で、思想・表現の自由を奪われて、滅びていく主人公ウインストン・スミスの話-----の管理者BIG BROTHERのスローガンによく似ている。

「戦争は平和である。WAR IS PIECE.」は、「積極的平和主義」という欺瞞的言葉に直接的に通じる。
「自由は隷属である。FREEDOM  IS SLAVERY.」は、今のNHKはじめとする、安倍たちに管理された日本の多くのマスメディアにそっくりである。
「無知は力である。IGNORANCE IS STRENGTH.」は、彼らの歴史認識によく似合う。

これらの一致・相似は、偶然ではなく、本質的な源から発していると、私は考えている。「反知性的」という彼らの資質であり、政治姿勢である。


  

★★★  街場の憂国会議 内田樹編 晶文社 1600円 2014

★★★  内田樹の大市民講座 朝日新聞出版 1300円 2014

★★★  街場の憂国論 内田樹 晶文社1700円 2013
 
★★★★ 小説外務省 尖閣問題の招待 孫崎享 現代書館 
                          1600円 2014
  私は孫崎氏のブログのフォロワーです

★★★★ いま語りえぬことのために 辺見庸 毎日新聞社 
                        1800円 2013
  今の日本における「憤怒」を表現するには、辺見氏の文体が適切である。

★★★ アベノミクス批判 伊東光晴 岩波書店 1700円 2014
   
 現在87歳になるケインズ系経済学者による、正面からのアベノミクス批判。現在の日本のTV、新聞、週刊誌などで、このようなまともな批判をみることはまずなくなった。ファシズムの始まりであろう。

★★★ 国家の暴走 古賀茂明 KADOKAWA 800円 2014

★★★ 日本劣化論 笠井潔、白井聡 ちくま新書、840円 
                               2014

★★★ アベノミクスの終焉 服部茂幸 岩波新書 740円
                            2014

★★★ 戦争のできる国へ---安倍政権の正体 斎藤貴男 
                朝日新聞出版 820円 2014

★★★ 日本は戦争をするのか---集団的自衛権と自衛隊
                 岩波新書 740円 2014