★★★★★  反戦譜
     綿貫 勤  喜怒哀楽書房 2023

 2023年の冬に私は綿貫先生からこの本をいただきました。先生は現在90歳代でご健在です。65歳までは秋田大学医学部病理学教授で医学部学部長も歴任された専門の業績も十分に残された方です。
 しかし先生は学部長になる前から、医者になるためには医学・科学の知識だけでは片手落ちであり、人間全体のこともよく理解してもらいたい、かつ社会についても幅広い視野をもってほしい、という考えで教育されました。秋田は地方の新しめの医学部ではありましたが、東京その他の遠方から人文系を含めたいろいろな専門家をわざわざ秋田に呼び、特別講義をやる手はずを整われるなどのご苦労もなされた先生です。
 自分のことでいえば、学生時代はかなり不真面目な学生であり対人恐怖症的でもあったので、綿貫先生とは個人的にはお話したことはありませんでしたが、37歳で開業してからは、ときおり医師会報に拙文を出したこともあったりして、多少の個人的関係ができました。
 そういう縁で冬に先生の本、できてまもない4冊をいただきました、「つれづれ」、「家族」、「惜別」、「反戦譜」です。おそらくは先生が高齢になられて、これまでご自分で書いてきた多くの文章を本としてまとめておこう、という動機で作られたと思います。4冊とも十分に読みごたえのある本でしたが、とくに「反戦譜」に最も感動しました。
 先生は昭和20年8月はたぶん17歳、その4月に江田島の海軍兵学校に入学していたエリートであり、「いのちをこの国に捧げよう」、「死ぬことなんて少しもこわいとは思わない」、そういう青年だった。しかし8月6日には20km離れた広島からの光と地ひびきを感覚した。終戦の後8月20日には、帰省(先生の実家は栃木県足利市、父は開業医)の途中立ち寄った広島市では一面の焼け野が原の光景をまのあたりにした。以後は東北大学医学部にはいられ、学究と教育の道に進まれました。
 「反戦譜」には、戦後の先生のいろんな思いが書かれていますが、ここには、ご子息の哲さんに残された言葉をそっくり書き写したいと思います。

 長男 哲へ-----永遠の生のために

 君の分別ある生の、いかなる時期にあっても、この国の権力者たちが、万一、不条理に、(また一見条理あるように言葉を弄して、)現実、戦争をおこそうとしたり、国民を他国の戦争に加担させようと企てりすることがあったら、君は、いのちを賭けても、それを防ぎなさい。----同志を募っても----.。
 戦争は正義だ、と考える向きもあるが、事実は、国や権力者たちの我欲・誤ったナショナリズムのための、実に醜い、そして何よりも悲惨な、人間同士の殺し合い、老人・女性・幼な子たちの受難、また、歴史・文化・自然の破壊・喪失以外の何ものでもないと思います。
 君の大切ないのちが、君の後に続く人たちの生によって蘇り、生き続けることを信じて-----。 (付) 「きけわだつみの声」、「続きけわだつみの声」、日本国憲法(第9条、第11条など)も熟読理解し、心に刻んでおくこと。








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