最近の診療日誌から(1) -----肺塞栓

12月某日、初診の70歳代の女性。娘も同伴。「近頃、少し歩いただけでも息苦しい」、との訴えでした。診察では、呼吸がやや速い、胸部(心・肺)は異常なし。下肢の浮腫なし。頚静脈はやや拍動が強い。症状と所見から私は「心不全」を疑いました。

しかし、検査では、胸部X線は異常なし、心電図異常なし。つまり、心不全ではなさそう。さて、酸素飽和度は91%とかなり低下。心エコーでは、左室の動きはよい、右室は拡張している。

ここで私はある一つの病気を想定しました。もし当院でもっと検査できるなら、緊急のDダイマー測定と、造影CT(肺血管)を行なったでしょうが、できません。すぐ、救急車を呼び、H病院に搬送。翌日H病院からFAXが届き、私の推理は当たっていたことが確認されました。患者さんはひとまず、救命されたでしょう。

その病気は肺塞栓症でした。

長時間飛行機に乗っていて下肢をほとんど動かさず、成田空港に降りて数歩歩いたとたん急激な呼吸困難に見舞われる-----エコノミークラス症候群と名づけられましたね----それも肺塞栓症です。(長時間座ったままだと、血栓のできやすい体質の人では、下肢の静脈に血栓ができて、歩き出したとたんに、下肢静脈の血栓が動き出し、下大静脈→右房→右室→肺動脈へ、と移動して血栓が大きめ場合、肺動脈の一部を塞ぎ、肺組織の虚血その他の病態を引き起こし、ショック状態になったり、生命の危険に陥ることになります。)

肺塞栓症は、大地震の後に、車の中で寝泊まりする方々にも高めの頻度で発生し、時には死に至ります。

他には、手術などで数日のベッド上安静を余儀なくさせられた人にもおこりやすく、だからこそ外科病棟では、早期離床が励行されているのです。

今回の患者さんは、今まで普通に生活していて、飛行機にも乗ってなかったのですが、何らかの原因により下肢に血栓が発生し、上に述べたような状況になって、呼吸困難に陥ったのでした。急なショック状態で発症したのではありませんから、小さめの血栓が反復して肺動脈にひっかかったようなことが推測されます。

医療側からすれば、急な、もしくは数日前からの呼吸困難の患者さんがいらしたら、この病気の可能性をいつも頭にいれておき、とくに胸部X線写真が正常だったり、心電図や心エコーでそれを疑うような所見がある場合は、1分でも早く専門医療機関に搬送しないといけません。(実はこの病気は、見逃されることがある、と成書に書かれています。)

重大な病気であっても、いったん正しい診断がつけば、適正な治療ができますし、退院後も適正な抗血栓薬で、ほぼ完全に予防できます。

私は、1年前も、70歳代の女性で、ふつうに生活している人でしたが、外来でこの病気を強く疑い、専門病院に救急車で行かせました。やはり、肺塞栓症で、もちろん今も元気です。