日本医師会解体論

(医療者向け。20年作。)

 秋田の田舎で、私がひとりでこのテーマでいくら吠えても、何の意味もないことはよくわかってますが、考えたところを簡単に書き留めておきたいと思います。
 
 長期的戦略を欠く日本医師会

 日本医師会の罪、その最大のものは、過去においては「一般国民を敵に回したこと」でしたが、この2,30年の最大の罪は、「長期的な戦略に立った主張を全く怠ってきた」、ことです。
 「医療崩壊」といわれる現在、特に地方の病院とその勤務医は、この流行語がけっして大げさでないぐらい、たいへんな状態にあるわけです。この原因は大小いろいろあるのですが、基本的には、国全体としての医師数の「絶対的不足」と、日本の政治が「医療費抑制策」をとり続けてきたこと、この二つにあることは医療界の常識です。

(なお、その後、各医学部の定員は、大幅に増え---ひとつの医学部で、定員90人が130人に増えるなど----、医師の絶対数の不足は解消されつつある。ただし、医師の偏在化は強く----人口あたりで計算しても、都市部に医師があまりに多く、人口10万以下の市町村では、医師の数が非常に少ないのが一般的であり問題になっている。この件について、日本医師会は、どういう見解をもっているのだろうか。----2015年の付記)

 この二つは、いま急に始まったのではもちろんありません。20年ぐらいの、長い経過の中での結果なのであり、数年前からの小泉・竹中改革から始まったものでもありません。
 そしてこの20年間に、日本医師会は、この2点について、政府に強く主張してきたとは、私にはとうてい思えません。日本医師会の理事・元理事などの中には、「いや、日医はずっと主張し続けてきた」、という人もいるかもしれないが、とてもとても。
 日本医師会は医療制度について、2年に一度の診療報酬改定に、つまり短期的な医療制度の云々についてのみ、大きなエネルギーを費やしていて、長期的な戦略への実行は皆無といってもよい。
 そうなってしまうのは、日本医師会の会長・執行部が2年に一度の選挙で変わることが少なくなく、長期的な仕事を遂行しにくい組織になっているためもありますが、根本的には、そのような方々は目の前の仕事が得意で、その一方、長期的にこの日本の医療をどうしようという、広い視野に立った俯瞰的な構想・戦略については、やや貧弱だったのではないかと、私はそう思っています。(実際のところ、私はそういう方々と直接話を聞いたことはありませんが、きっとそうでしょう。これは、日本医師会の欠点というより、現代日本の指導者層のレベルの問題ともいえます)。そうでなかったら、国の中で医師の団体として最大の組織が、上にあげたような長期的問題をないがしろにしてきた理由は考えられないのです。
 日本の医療をこのような崩壊状態にせしめた張本人は中央官僚(厚生労働省と財務省)であるわけですが、その背景には時代の権力者層、つまり自民党の政策があった(表面で医療界に理解のある代議士が自民党にいくら多くいたとしても、結局は自民党の政策の流れの中で、この医療崩壊は成立したのです。)
 その自民党に対し、十年一日のごとく、政治献金を毎年十数億円も奉納している日本医師会、一体これはどういうことなのか、私にはとうてい理解できません。 
 なお、政治献金を行っているのは日本医師会とは一応区別されている団体、日本医師連盟ではありますが、その執行部は日本医師会の執行部とそっくり一緒ですから、この両者は一心同体のものです。
 私は開業医であり、日本医師会には入っていますが、日本医師連盟にはずっと前から入っていません。こういう会員はきわめて珍しいはずですが、自民党を応援してるわけでもない者が、何万円も寄付するわけにはいきません。何の議論もなく自民党に、権力をもっている政党だからという理由だけで、(しかも医療崩壊を招いた戦犯であるのに)、大切なお金をつぎ込んである医師会の会員の方々の方が、私よりずっと変なのではないでしょうか。

 勤務医と日本医師会
 日本医師会は医師全体の会であるべきでしたが、近年は勤務医の入会率はかなり下がってきているはずです。さらに、勤務医の中から、医療崩壊について発言し続けてきて全国的に名前が知れわたってる方々が何人かいますが、彼らは「日本医師会は、開業医の団体である」、明らかにそう言っています。これまでの無策ぶりを考えれば、日本医師会はそう言われて当然と思います。
 最近、勤務医の中から、医師会に匹敵する自分たちの団体を作る動きがありますが、今の日本医師会が漫然と続くとすれば、その動きは当然すぎることです。なお、勤務医のというより、病院関係としては、全日本病院ナントカなど、計4つの団体があるはずですが、これも日本医師会と同じように、私からみれば「短期的視野の中での交渉に明け暮れ、長期的戦略は何もなかった」、といえます。医師としては出世して、病院長になった方々の団体とも言えますから、まず第一に自分のところの経営が大切であり、どうしても権力に擦り寄りがちで、本当に日本の医療を考えた勇気ある主張は少なかったのではないでしょうか。
 医師会を担ってきた方々は、勤務医が新しい団体を作る動きに対し、嫌悪感を持っているでしょう。
医師会が分裂すれば、ますます医師の団体としてのエネルギーが弱体化し、厚生省などの「思うつぼ」になってしまう、という理屈です。
 なるほどそういうこともあるでしょう。しかし私からすれば、このままズルズルいって、財務省・厚労省の考えどうりになるよりは、医療界の再生を期すために、そして医師全体の考えを、きちんと国民と政府行政に伝えるための、「今までとはしがらみのない団体」に生まれ変わるには、勤務医の団体がきちんと一度はできることに賛成です。もし、その種の団体が本当の力をつければ、開業の経営は今よりさらに困難に陥る可能性はあり、私も苦境に陥ることもありえましょうが、まあ、仕方ないと思います。私も他の医師も、永遠に今の仕事を行っていくわけではありません。まずは、日本の医療がまともになっていかないと、医師みんなが困るし、それ以上に患者さんたちが困るのですから。

 勤務医の医師会は可能か
 さて、勤務医がまとまって、日本医師会に相当するような会を作る動きがあると言いましたが、はたして成立するものでしょうか。私の結論からいえば、残念ながらこれはノーです。
 その理由としては、同じ勤務医といっても、バラバラであり、一つの団体としてまとまって、エネルギーの塊を作るには、たいへん無理があると思うからです(各病院の経営基盤や経済的基盤が全く多様であるということもあるでしょう)。
 自分たちの現状には不満だらけなのでしょうが、それは必ずしも医療界を変える運動につながっていかない。彼らの中で、今後長期にわたって今と同じ所で働こうと思っている人は、意外に少ないでしょう。一部の人は将来は開業医になろうと思っているでしょうし、またある人は、いつかは意中の病院に移ろうと思っているかもしれない。
 そして何よりも、彼ら彼女らには日常の仕事が忙しすぎて、「勤務医医師会」にエネルギーを注ぐ余力は残されていないのです。
 本田宏先生(栗橋済生会病院副院長)のように、勤務医としてとても忙しい身でありながら、医療界を何とかしようと持続的な活動をしている医師---私は彼に対し深い敬意をもっています---こういう人材はそう簡単に、どこにもいるものではありません。本当は、現代という社会では医師は臨床の仕事のみ行っているのでは十分とはいえず、医療制度がこれでよいのかという問題についても、きちんとした考えをもっていなければならないのですが、そのような医師は残念ながら多くないようです。(なぜ、医療制度への医師の関与が重要なのか?その理由は、現代の医療というものは、金がかかるため、国で作る制度の中で行われていて、もしこの制度に欠陥があれば、医師は目の前の患者を救うことが不可能になるからです。)
 勤務医にも開業医にも、このような「社会性」が必須なのですが、私からすれば、どうもそうではない。
 以上のような状況を考えると、「勤務医医師会」をもし作ったとしても、これが効果のある力となって、日本社会の中で影響を及ぼしていけるかどうか、私は強い疑問をもっています。
 

 私案---日本医師会解体論
 以上のようなわけでして、日本医師会は私からすれば、長期的戦略をずっと欠いてきたので、日本の医療を改革する力とはなりえない(この20年をみればそうでしょう)、かといって、「勤務医医師会」のような組織もあまり期待できない。ではいったいどうすればよいのでしょうか。実は私もよい展望はもってないのですが、この際、笑われるのを承知で私案を述べてみましょう。
 (なお、医師会を含め、日本社会の中のあらゆる業界団体は、自民党と粘着しているわけですが、これは民主主義国家とはいえ、「政権交代」のないこの国の、「重い病気」なのであります。多くの医師の考えは、野党は信用ならないし、社会主義も嫌いだ、ということがあるのでしょうが、数十年にわたり政権交代のない民主主義国家というのは、内部から腐っていくはずです。既得権にしがみつくばかりの人間にあふれ、社会全体としての活気は衰退していく、近年の日本はまったくこのとおりでしょう。政治論にはこれ以上深入りしませんが、こういう状況が続く限り、以下に記す私の案は、「机上の空論」と笑われるだけであることは、当の私がよくわかっているつもりではあります。)

 私の案は次のとおりです。
(1) 日本医師会は解体する。そして、開業医と勤務医がまったく同じ数の理事役員でなるところの、「新しい組織」を作る。これにより、勤務医と開業医の結束は、これまでより堅固になり、国行政や一般国民へのメッセージのインパクトは格段に強くなるはずです。開業医と勤務医はもちろん敵であるわけはなく、一心同体です。これを組織作りに反映させなければなりません。これまでのように、ちょぼちょぼやってるんでは、何の効果も上がらないと考えます。
(2) 自民党だけに年間十数億も貢いでいる今のばかげた行為は即刻停止する。この奉納が続く限り、日本医師会がどういう立派なことをいっても、国民の過半数からは、「利益団体」としかみられません。医療業界の手法は、建設業界などのそれとは一線を画すべきです。
 私は「ロビー活動」が不要といっているのではない。必要だろう。しかし、もし政党へ献金を続けるのであれば、せめて、国会議員数に比例する額で、各政党にばら撒くべきです。そんなことをやっている業界はどこにもないって?アホじゃないかって?
 そう、アホかもしれない。しかし、私の案を実行することによって、過半数の国民の耳はやっと、「医師会」の方を向くのです。国民の多くは、毎日の生活を(家計を)苦にしながら生きている人たちである。医者もこういうことをよく知るべきです。そうすれば、私の案が「机上の空論」でないことが、よく理解されるはずでです。

 以上のような理由から、私は「日本医師会は解体せよ」、と言いたいのです。
 

付記 平和主義を捨てつつある自民党を、私が支援するわけがない。でも、多くの医師会員は、日本の行く末よりも、自分らの生活・経営の方が大切だから、思想に関係なく、政権与党である自民党に票を入れるのだろうか。それは、変だと思う。
なお、ウイキペディアからの情報だが、現在の日本医師会横倉会長は、日本会議のメンバーとのこと。そんな会長の組織に、私が政治の金を払うわけがねえよ。
 ま、こういうことは業界団体と、政権交代のほとんどないこの国の政党との密着であり、医師会に限った問題ではない。しかし、これは「政治学」のたいへん重要なテーマと思う。にもかかわらず、これを深く考えた論文を私はみたことがない。政治学者で、果敢にこのテーマを追求する人間が、この国にはいないのであろうか。