北朝鮮報道と日本の使命

914日、安倍首相がインドを訪問しモディ首相とともに、北朝鮮の核開発について、強い非難声明を出した。

噴飯ものである。すでに核兵器を持っているインドは、いかなる論理をもって北朝鮮を非難できるのだろうか。結局は、アメリカやロシアなどの核大国も同じである。
今後は日本国内でも、核兵器を持とうという、威勢のいい意見が街にはびこるのだろうか。

歴史はその時代を生きた人々や組織の、思想や行動の積み重ねだろう。とすれば、日本は世界の中で何ができるだろうか。今から140年ぐらい前、明治維新のともかくの成功により、日本は欧米列強による植民地化を逃れたし、その後、文明化(欧米化)に成功し、世界の注目を浴びた。(しかしその後、図に乗って欧米列強の真似をして帝国主義に走り、結局は大変な失敗に終わった。)

現在、核兵器を持とうとしている国は北朝鮮だけでない。サウジアラビア、イランなど何か国もあろう。そういう時代の中で、日本は何ができるだろうか。何をするべきだろうか。今の日本の政府、マスコミは北朝鮮を非難すること、それだけである。

核兵器が世界にはびこれば、いつかは実際に使用される日が来るに違いない。そのような危機的な世界の歴史の流れで、日本の使命は何だろうか。それはとりもなおさず、「世界から核兵器をなくしていくこと」、その役割を果たすことだろう。

北朝鮮はよくない。それは当然である。しかし、北朝鮮からの危機をあおっているだけでは、日本は世界の心ある人々から、けっして敬意の目で見られることはないだろう。

核廃絶決議にも加わらない「唯一の被爆国」日本。不思議な国だ。

人間も国家も、天から与えられた運命の中で生きていくしかない面がある。とすれば、日本が世界の中でなすべきこと。それはおのずから決まっている。

このような簡単かつ重要な意見は私に限ってのものではないはずだが、NHKはじめマスコミにはこのような次元の報道・解説はないようだ。

政府がどうしたみたいな細かいことしか報道しない現状の中で、私たちは、上のような大局的見地も決して忘れないように、一人一人が自覚的に考えていかなければならない、と私は思う。