そもそも、我が国の歴史、特に近世以前の時代において、女性の固有名詞が伝えられることは稀であり、かなり位の高い女性でも例外ではなかった。「法名の謎」で紹介した位牌にも女性の現世の名前は記されておらず、ただ「岩崎三郎道高の女子(ムスメ)」と記されるのみである。
この位牌の主は、はたして能恵姫と呼ばれていたのだろうか。
水波能賣神の能賣(nome)の音が能恵(noe)に変化したとは考えられまいか。「ヒメ」という言葉は城主の息女だけでなく、女神をも意味するのだから。
水神社と龍泉寺、それぞれの縁起として能恵姫の物語が整えられたということは言えそうである。
ここで上の水波能賣神の姿をよくご覧になりつつ、次の謎へお進み下さい。