其の五 八犬伝との相似の謎
『南総里見八犬伝』は曲亭馬琴がその心血をそそぎ完成させた、江戸時代を代表する大伝奇小説である。「仁義礼智忠信孝悌」の八つ文字が彫り込まれた珠を持つ八犬士が、全国各地から様々な苦難の末、安房の里見家のもとに集まり、房総に理想の王国を造り上げるというのが物語の大筋であるが、一人の女性の数奇な運命がこの長大な物語の発端となっている。
その女性とは安房の里見家の姫君「伏姫」である。私はふとしたことから、伏姫の生涯が能恵姫の生涯と驚くほど似かよつていることに気がついた。以下それを対比して表してみよう。
【能恵姫】 【伏姫】
○幼少期に泣き続ける ○幼少期に泣き続ける
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○白藤明神へ祈願 ○役行者を祀る石窟に参拝
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○庭で卵形の石を拾う ○老人から八つの文字が彫り込まれた数珠をもらう
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○女中が姫の便をかたづけたら ○義実が敵の大将の首を取ってきたら
姫を嫁にやろうと小蛇に言う 姫を嫁にやろうと八房(愛犬)に言う
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○輿入れの途中龍神にさらわれる ○八房と共に富山にこもり、自害。
馬琴が『八犬伝』を書く際に『水滸伝』や『三国志演義』などの中国文学の素養を生かして、その骨格に取り入れていることはよく知られているが、伏姫の生涯を語った部分は日本の昔話の伝統的型である異類婚姻譚の中の「犬婿入り譚」のモチーフを踏襲している。一方、能恵姫の物語もこの地域で語られていた昔話の「蛇婿入り譚」をもとに、寺社縁起として整理されたものと推測できる。
私は、二人の姫君の生涯が似かよっているのは、どちらかがどちらかの影響を受けたと言うよりも、いずれも、古くから日本人の血の中に流れ続けてきた「語り」の心を受け継いでいる物語なのだからと理解したい。
『八犬伝の世界』において高田衛氏は八房と伏姫と八犬士の姿の原型は唐獅子に乗る八字文殊菩薩とそのまわりをとりまく文殊八大童子の姿であると、見事に解明している。

八房に乗る伏姫

八字文殊曼荼羅
高田氏にならい、能恵姫と龍神の組み合わせから、龍に乗った菩薩を求めると、それはなんと妙見菩薩に他ならないではないか.....。

能恵姫龍神像

妙見菩薩
さらに興味深いことには、『八犬伝』には馬琴の星辰信仰が反映されており、八犬士は北斗七星とその傍らに輝く輔星の八つの星の化身でもあるのだという。(『八犬伝の世界』参照)

ストーリーが似かよっていることはその表層にしか過ぎない。そこに秘められた、同じ星の輝きこそがこの二つの物語を互いに引きつけ合うのだ。