河北新報秋田版        平成11年12月30日付け       ‘99 取材ノートから

命をつなぐ

心臓移植を支えた善意

目標額超える募金集まる

病状は急速に悪化

 「残された道は心臓移植しかない」。雄勝町横掘の会社員佐藤直行さん(39)が長男の和輝ちゃん(6)の心臓移植の相談を、友人の渡部光哉さん(43)=同町小野=に持ちかけたのは6月3日のことだった。

 昨年11月、元気に保育園に通っていた和輝ちゃんに風邪のようなせきが出たのが病魔の始まり。直行さんらに告げられた病名は「特発性拡張型心筋症」。厚生省が難病に指定している重い心臓疾患だ。病状は急速に悪化し、もはや、命を救う手立ては移植しかなかった。

 日本でもようやく臓器移植法が成立し、脳死者からの臓器提供が可能になってはいた。心臓移植の実例も出ていた。だが、15歳未満の子どもからの提供は認められておらず、和輝ちゃんが国内で移植を受ける道は、事実上閉ざされていた。

 「やるしかない」。相談を受けた渡部さんは仲間とともに「和輝くん支援の会」を結成し、募金を呼びかけた。

渡米し、手術を待つ

 支援の輪は全国に広がる。「同じ病気の子供がいる」「同じ年頃の孫がいる」と共感を覚えた大人から保育園児まで。多種多様な層からの募金の申し入れがあり、目標額の4千万円をはるかに超える約九千二百万円もの善意のお金が集まった。

 和輝ちゃんは7月5日に渡米。ユタ州ソルトレイクシテイーのユタ大学プライマリー小児医療センターで移植の日を待った。

 しかし、臓器提供者(ドナー)がなかなか現れないまま、和輝ちゃんの容体は悪化。最後の手段だった心臓の補助循環装置を取り付け、何とか小さな命の灯をともし続けた。それでも一週間程度しかもたないとも言われ、直行さんは「(死を)覚悟した」。

 装置を付けて10日目の8月18日、ついにドナーが現れた。その日のうちに手術は成功。医療スタッフ、現地のボランテイアら周囲の力も大きかったが、何よりも和輝ちゃん自身が頑張った。渡部さんは「まさに奇跡。募金してくれた人たちの思いが和輝君に入りこんで、うまくいったと思う」と振り返る。

来春は小学一年生

 和輝ちゃんは順調に回復。現在は母親の優子さん(36)と米国でアパートで暮らし、通院しながら体力をつける訓練をしている。一月末には帰国して、東京の病院に通院する見通しだ。

 来春は小学一年生。直行さんは雄勝町内の小学校に入学手続きを済ませた。塩分摂取量が限られるため、家族もそうした食事に慣れようとするなど、和輝ちゃんを迎える準備をしている。

 直行さんは「移植をうけられなければ、和輝は今、この世にいなかったかもしれない。皆さんの善意に感謝したい」と話す。

 何より大切なのは命。そして、一人の力は限られているが、多くの人の力が一つになれば、大きなことができるということ。そんな、一見当たり前過ぎて、普段は気付かないでいることを、和輝ちゃんは多くの人に教えてくれた。

(横手支局・跡部裕史)